Collection:日刊インタビュー収集隊

可能性を否定しないことが人生そのもの ─ 僕たちの花火の連絡、 見えますか。スコップ団平了+糸井重里対談(ほぼ日)

今日のインタビューはこちら。

ほぼ日刊イトイ新聞 – 僕たちの花火の連絡、 見えますか。 スコップ団 平了+糸井重里 対談

震災後、宮城県山元町で津波による被害を受けた家の片づけや掃除の活動を週末に行なってきたスコップ団。その「スコップ団」団長、平了(たいらりょう)さんと糸井重里の対談。

スコップ団は2012年3月9日に活動を終了することを宣言し、その次の日である10日に泉ヶ岳から花火を打上げる企画を進めている。2万発を目標に、今もまだ寄付を募っている。
ここに込められた意志は、USTREAMの会見映像で見ることができる。
スコップ団記者会見(@宮城県庁)

スコップ団という活動を始めるきっかけや、それを続け通す困難や苦悩、その中で突き通してきた信念が語られている。彼らはボランティアという言葉は敢えて避け、「お礼言ったら、悪いが俺たちは帰る」というスタンスで活動を続けてきた。

「物資を運んでったけどお礼を言われなかったから腹を立てている、というニュース。コメントをしてる人を見て、俺は『危ねぇ!』と。(中略)『最初はそれだけでよかったはずなのに』というところを忘れる人は、やっぱりだめになってしまうんだ。 お礼を言われることが僕らの目的じゃないんだったら、お礼を言わせないシチュエーションにしてしまえばいい。」
だから「お礼言ったら、悪いが俺たちは帰る」というスコップ団のスタンスが築かれたのだ。

「みんなだいたい、何かをはじめるときには希望とか、やりたいこととか、いいことばかりを考えましょうとか言う。もちろんそれはいいと思います。 しかし、僕はほんとうに、自分の人生の中でやりたくないことを真剣に考えたときがありまして。(中略)そうやって詰めて考えた結果、俺はかっこ悪いのがいちばん嫌なんだ、とわかりました。」
かっこつける、という選択肢はあまりに正直であるが、同時にセンスが必要なものでもある。何が格好良いか、何が格好悪いかという価値観自体が人によって違うからだ。

だからやろうとしていることが、人に受け入れられないこともある。
「それは、その都度の正解であるだけで、人生の正解かどうかはわかりません。ただ、そのときのベストを尽くすことだと、僕は思います。」
想像力の反射神経があるから、立ち止まらないのである。

スコップ団という組織をまとめてきたなかで、人との繋がりについて語っている言葉があった。
「仕事でも、お友だちになれる可能性がある人じゃないとやらない、という気持ちがあったと思います。その考えの延長線上に、いまのスコップ団のメンバーがいます。そうやって人とつながることができたら、できることは広がっていく。最近は、可能性を否定しないことが人生そのもののような気がします。」

価値観を共有できる仲間と出会うために、敢えて可能性を否定せずに人と接するその姿は、震災後に僕らが見つけ始めた「かっこいい」姿そのものである。

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