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高円寺反原発デモに参加して感じたこと。

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デモに懐疑的でしたが、見てみないと分からんと思って行ってきました。


高円寺界隈のバンドマンたちがトラックの上で叫ぶ後ろを、ゾロゾロゾロと多くの人が列を作ります。

ただ批判することに情熱を注ぎ体力を消耗するより、具体的な代替案を提示できなければ何も解決にはならないだろう、と思ってました。
けれど表現の仕方は人それぞれ。ただ今の考えを人と共有して叫ぶことしかできない人も沢山いる。それで良いのかもな、と今日デモに参加して思った次第です。


あまりの騒々しさに、あちらこちらで足を止める人、写真を撮る人、ビルの上から様子を伺う人、「うるさいなぁ」と思った方や実際に迷惑を被った方も大勢いたことでしょう。


どちらかというと若い人が多く、次に外国の方や年配の方がぽつぽついらっしゃいました。子供はほとんどいませんでした。子供たちにはちょっと馴染めないような荒っぽい雰囲気だったと思います。

撮っている動画をその場でUSTREAM配信している人や、手持ちのiPhoneで写真を撮ってTwitterに投稿する人など、ただその場所でデモするだけでなく、そこから情報発信することこそが重要だと考える人が多かった印象を受けました。

なにか大騒ぎして国や企業のお偉い様方へメッセージを送る、とか「このままの状態が続くなら私たちはもっと騒ぎ迷惑をかけるぞ」という脅しのようなものが「デモ」の目的なのかなと思っていました。またこういったデモの背景に絡む様々な団体のことを否定的に捉える人も多いようです。

この高円寺のデモにはおよそ1万5000人の人が集まったと言われていますので、それぞれの人が考えていること感じていることは、細かく分けると結局バラバラでしょう。

しかし、こうした行動の本質は、ここに集まった人・それを見かけた人・それを知った人が一日もしくは一分間でもこの話題に思いを巡らせたことにあると思います。
もちろん直接的な問題解決には至りません。
それは仕方ないことであり、そういうものだと思うのです。

だから、大事なのはこれから。
原発が僕らの生活の中で本当に必要なものなのか。無いと国の経済がどのように変化し、僕らの仕事にどう影響するのか。
アメリカのBloom Energy社のように様々なIT企業や国から融資を受けて燃料電池の開発に力を入れることはできないのか。それは有効的ではなのか。スウェーデンのように電力を自由化することはできないのか。国民の人口が多い日本では難しいのか。すこし前に話題になってたスマートグリッド計画ってどうなったの?
そうやって他の可能性について少しでも考えていくことが大事なのだと思います。

答えはない。この世の中に「矛盾なき正義」は存在しない。
だからこそ考えて、自分なりに出した「決意」に従って行動を起こすこと以外に方法はないのだなと。
なんだかボヤっとしてますが、それが僕が高円寺で感じた考えです。

現地の人からすると遅すぎると思われてしまうかもしれないし、やっぱり自分事になって初めて知ることばかりで不甲斐ない。ずっと何年も前から向きあってきた方々へ、いままでの自分の無関心さを懺悔しながらすこしでもより自分事として考えられるよう、現状とこれからの可能性について知識を積み重ねていきたいと思います。

最後に、半日間騒々しく叫んだり、ノロノロ歩いたりする行列を、比較的優しい言葉遣いで誘導してくださった警察の方々、色々配慮していただきありがとうございました。

他の写真:http://www.flickr.com/photos/yuichirofuji/sets/72157626354576343/

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